管理人プロフィール

はじめまして!住宅ローンパチスロ返済記管理人のTAKと申します。
パチスロ歴は15年超、IT系企業に勤める30代既婚のサラリーマンスロッターです。

nigaoe

当ブログは借金200万をパチスロのみで完済した経験を持つ管理人が、住宅ローン返済費用をパチスロで賄うべく奮闘する日々を稼働日記として綴っていくブログです。

この記事では僕のプロフィールを紹介させていただきます。

 

●ハンドルネーム:TAK
●年齢:30代後半
●居住地:東京近郊
●性格:真面目、負けず嫌い、頑固
●パチスロを打つ際のモットー:勝つこと、楽しむこと
●特技:REG先行、天井単発
●趣味:ゲーム(最近はご無沙汰)、サッカー(プレイ・観戦両方)、旅行、愛犬と戯れる
●尊敬する人:アントニオ猪木【※1】、しのけんさん
●座右の銘:
てめえの力で勝ち取ってみろ!
限界なんて言葉はこの世の中にはない、限界と言うから限界ができるんだ。
やらずに悔やむよりやって悔め。

 

パチスロをはじめたきっかけ

パチスロをはじめたのは20歳の学生時代。
きっかけは当時通っていたゲーセンの悪友でした。

対戦格闘ゲーム【※2】やメダルゲームが好きな僕は足しげくゲーセンへ。
そこで出会ったチーマー(死語)のような風貌である年下のH君に誘われパチスロへ。

初めて打った機種パチスロは自己紹介でも書かせてもらった「チャンピオンカップA(高砂)」。

仕組みがわからぬまま毎ゲームBIG絵柄である車を狙い、ビギナーズラックで勝利^^;

その後は「ピンクパンサー(山佐)」の美麗リーチ目により完全にパチスロの虜に。
元々ゲーム好きな僕が”高度なゲーム性”と”換金可”という眩い魅力(笑)を備えたパチスロに嵌るのは当然の結果でした。

この頃は初心者ゆえ、知識も技術もないまま好きな台を好きな時に打っていたため、もちろん負けていました…
ただ、幸いだったのはバイトの給料を失う程度のダメージで済んだことでしょうか。
(社会人の収入を得ている状態で、現在のAT機や4号機のストック全盛期に打ちはじめてたら、、、と考えると正直怖いです…)

 

余談ですが、この当時打ったパチスロでもう一度だけ打ってみたい機種があります。
それは「ジョーカー(オリンピア)」。

この機種はブラックリールなのですが、当時はREG絵柄の<A>が全く見えず、自力でREGを揃えることができませんでした。。。
後にも先にも自力でボーナスを揃えられなかったのはこの機種のみなので、今だったら揃えられるのかチャレンジしてみたいです。

 

当時の回胴業界とカリスマとの出会い

僕がパチスロを打ち慣れた頃、市場では技術介入機が台頭していました。
ビタ押しが出来れば設定1でも勝てる、裏を返すとビタ押しが出来ないと機械割りが大幅に下がる、という目押し至上主義の時代です。

僕はビタ押し不得意のため、メジャーなクランキーコンテストやタコスロを触った程度。
ELECO好きが高じて”●番のベルビタ押し”という「ドギージャム」もチャレンジしましたが、てんで無理でした…(ーー;)

 

その後、CTや7ライン機といった新基準機や、BIG1回で500枚以上の出玉が獲得可能な大量獲得機が市場を席巻。
高設定の機械割りが跳ね上がり、万枚が射程圏内になりました。

新基準機はそれなりに打ちましたが、ギャンブル性が高いと判断した大量獲得機はあまり打ちませんでした。
そのため僕は波に乗れませんでしたが、この頃が第一次4号機バブルだった気がします。

新装開店やイベントを駆使すれば勝率&収支が大幅に上がった時代。
技術介入+大量獲得機であればなおさらです。
この記事で登場する友人I君もアステカ帝国を築いてました。【※3】

 

ちなみにこの当時の僕のパチスロに対する意識はあくまで遊び。
友人と連れ打ちして楽しめればよし、という感覚でした。
(今もそれが一番楽しいですが)

とはいえ根っからの負けず嫌いのため、無為無策のまま打つ気にはなれず。
そんな僕が起こしたアクションは情報収集でした。

 

ネット社会の現在と異なり、当時の情報源は紙媒体であるパチスロ専門誌。
コンビニにあった「パチスロ攻略マガジン(通称:スロマガ)」を読み、機種情報や設定判別方などの情報収集を行いました。

そしてこの時、たまたま手にした「スロマガ」により、現在もカリスマ誌上プロである しのけんさん の存在を知ります。

強面の”いかにも”なプロではなく、華奢な外見。
ぶれないストイックな姿勢と理詰めの立ち回り。

8割以上が負けるこの業界で、堕落とは対極の努力を積み重ね、勝つべくして勝っている人が実際にいる。

衝撃を受けると同時に僕のパチスロに関する考えが180度変わりました。
勝てないと決めつけて努力してこなかっただけで、真面目にやれば確実に勝てるんじゃないか?』と。

 

思い立ったら即行動。
これ以降は勝つための立ち回りやマインドセットについて本腰を入れて学びました。
日々ホールチェックを行い、蓄積されたデータを分析し、仮説を立て実戦、そして再び検証、というPDCAを何度も繰り返しました。

この当時メインに打っていた機種はテトラリール搭載機の「シーマスター(山佐)」。
まめで真面目な性分の僕にはこのPDCAが楽しく、収支も徐々に上向きへ。
努力の末の達成感・充実感を得ていました。

それもこれもしのけんさんを知り、意識改革ができたから。
今でも僕にとっては生きる伝説です。【※4】

そんな勝つ喜びを知った頃、いよいよあの時代がやってきます。

 

4号機ストック機バブル到来

世はキンパルをはじめストック機全盛期へ。
この時期は設定狙いよりもハイエナ稼働の方が圧倒的に期待値が高く、労力さえ惜しまなければ誰でも勝てた時代でした。

サラリーマンスロッターの僕も当然ながらハイエナ稼働メインに。
第一次バブルに乗れなかった僕は今度こそ、と燃えました。

 

この当時の稼働は、

仕事上がりの19時頃から最寄り駅周辺のホール7件をチェック。

打てる台がなければ片道10分ほど歩き別のホールへ。

ここでも打てる台がなければ再び最寄り駅周辺のホール7件をチェック。

それでもなければ電車で隣駅のホールへ。

そしてここでもなければ帰宅。

という日々でした。

 

この頃は月のノルマを設定しており、当初のノルマは20万でした。
しかし、中旬過ぎにはノルマ超えという状態が続いたため、最低ノルマを30万に引き上げ。
専業ではなくサラリーマンスロッターながらも、年間を通してノルマを下回ることはありませんでした。

調子がよい時は月収100万超えも達成。
バブルに乗った感覚を肌で感じました。

しかし『あくまでこれは一時的なものでありいつかは目減りする』という意識は常に持っていました。

そんな順風満帆な稼働を一年ほど続けた頃、事態は急変します。。。

 

突如背負った借金

ある日のこと、帰宅すると父親から「話がある」と呼ばれました。

父親は無口でこれまで腰を据えて話をしたことは皆無。
そんな父親からの呼び出し。

この時点で嫌な予感はありましたが、聞かされた話は以下でした。

・競馬で負けが込み消費者金融から借金をしてしまった
・何度か借入を繰り返し、総額は200万超
・情けなくて言い出せなかった

いきなりの借金宣告。
200万ということはコインに換算すると10万枚です…

 

この話を聞かされた時は大きな衝撃を受けました。
しかし同時に『面白いことになった』と感じる自分がいました。
これは試されているな、と。

 

前述のとおりその頃の僕はストック機バブル真っ只中。
また、専業ではなくサラリーマンスロッターのため、当然のことながらパチスロ収入以外にも薄給ながら給与も得ています。

なので借金という事実には驚いたものの、その金額自体は貯金を崩せば即返済可能な額。
しかし、僕はあえてパチスロの稼ぎだけで返済する道を選択しました。

バブル真っ只中とはいえ、立ち回りで完済することが出来ればこの先どんな変化があってもやっていける自信がつくな、と思ったのです。
アカギのセリフじゃないですが「狂気の沙汰ほど面白い」と。

父親には自分が<働いて返す>こと、次繰り返した時は責任は持たず縁を切ることを告げ、消費者金融のカードを受け取りました。

 

この父親からの借金宣告以降はパチスロを楽しむことは一切捨てさり、仕事や睡眠時間以外はひたすら稼働しました。
この当時の僕の行動は【ホールで稼ぐ→ホール近くの消費者金融ATMで返済】の繰り返し。

 

平日も休みもほぼ全ての時間をパチスロに費やした結果、二ヵ月で200万超を全額返済しました。
当時稼働を共にしていたAさんからは「あんた、修羅だよ…」と言われましたね。。。
(なお、母親にはすぐに完済を伝えましたが、父親には5年ほどでやっとこさ返した体にしています)

 

借金返済で一安心と思った矢先、今度は母親が癌を患い入院。
見舞いなどの時間を優先したかったため、入院費は貯金を崩し工面。

無事に退院後は再び修羅へ。
母親の通帳を借り受け、平日の業務後・休日とひたすらパチスロ稼働。
一ヵ月半ほどで通院・治療費用として100万超を貯めて通帳を返しました。

 

そして現在

そんな破天荒な人生を歩んできた僕も結婚し、マイホームを購入。
マイホーム購入時に組んだ住宅ローンの返済は65歳まで…(´Д`)
ちなみに月々の返済額は約4,500枚也。

 

『こつこつ働いて返済?薄給の自分が4,500枚を毎月?』
いや、ありえない。スロットでしょ。

 

住宅ローン有無に関わらず、長年パチスロを打ち続けている僕的にはごく自然な解でした(笑)
奥さんにも過去から現在に至るまでの収支はすべてオープンにしてますしね。

 

なお、今回の5.5号機への移行についてはそれほど不安視はしていません。
というよりむしろ歓迎です。

大好きなノーマルタイプが増えますし、昔の打ち方に戻すだけですから。ライバルも減るでしょうし。
色々模索したい、という気持ちもあります。

何よりも純粋に楽しんで打ちたいですしね。
最近のAT機は”作業”的な側面が多いですから…

 

今後は上記規制を筆頭に環境が厳しくなりますが、これまで培った経験を駆使すれば充分適応していけると思っています。
 
これからも【勝つこと】【楽しむこと】をモットーにパチスロを打ち続け、皆さんのパチスロライフに少しでも貢献できるようブログを更新していきたいと思います。

今後ともよろしくお願いします!

==================
※1
他にも好きな名言はたくさんあります。

・人生は挑戦の連続である。
・人は歩みを止めた時に、そして、挑戦をあきらめた時に年老いていく。
・道はどんなに険しくとも、笑いながら歩こうぜ。
・「やれたらやる」ではなくて「やる」のだ。
・落ちたらまたはいあがってくればいいだけのこと。

僕はプロレスファンではありませんが、猪木さんの言葉は仕事やプライベート含め人生観が変わる名言が多数あります。
興味のある方は是非読んでみてください。

猪木詩集「馬鹿になれ」

※2
この当時は以下のゲームをやっていました。

ヴァンパイアシリーズ
ストリートファイターZEROシリーズ
ストリートファイターEXシリーズ
スパ2 X
KOF94,95,96
餓狼リアルバウトシリーズ
月下の剣士

※3
周りの友人すべてが認めるほど異様な引き強のI君。
そんなI君は刺激を求めてよく●モノを打ち、アステカ帝国で稼いだ金銀財宝を徴収されていました。
でも不思議と●モノで負けた日はそれ以上の額をアステカで回収してました。

「10万負けたら勝ち確定」とか訳わからんことを普通に言ってたもんなぁ…
引き弱の僕が同じことを試したら即死でしょうが…

※4
今年(2015年)の春、憧れのしのけんさんにお会いしました!
話しかけると「ここではお客さんの邪魔になるかもしれないのであちらの広い場所で話しましょう」と。
 
しのけんオフィシャルブログ

パチスロプロしのけんの喰うならやらねば足跡集

しのけん

 
文章から伝わるとおり物腰の柔らかい方でした。
握手も交わさせてもらい、僅かな時間でしたが感無量でした。
その時にいただいた”しのけんコイン”がこちら。

shinokenkoin

お守りとしていつも財布に入れてパチスロを打っています!(^^)!
==================
にほんブログ村 スロットブログ サラリーマンスロッターへ
にほんブログ村

パチスロ ブログランキングへ

コメントは受け付けていません。